Watanabe Misato “Sakura No Hana Ga Sakukoro”(1988)

 最近はあまり聞かなくなったが、「自殺サイト」で知り合った若者同士が七輪を使って集団自殺したという報道がよくあった。彼らはなぜ死にたかったのだろう。中高年の自殺の理由はある程度特定できるが、若者の自殺の理由はなかなかむずかしい。

 中学から高校にかけて、夭折願望をもっていた。「大人」はおぞましく汚らしく見えて、自分がそうなることを許せなかった。しかし、夭折願望は願望でしかなく、自殺未遂さえ経験のない私は、実はこうも考えていた。二十歳を過ぎたら汚れていく自分を笑いながら見て生きよう、なんてネ。実際いい歳になってみると、それほどおぞましくも汚くもないし、思ったほど成長するわけでもない。「大人」なんて、たいしたことはない。

 高校時代、高野悦子の『二十歳の原点』を読んだ。今は手元にない。私にはよくあることだが、誰かにあげてしまった。たしか、学生運動に敗れて(?)死を選んだ女性の日記だった。人間は誰でも矛盾や対立を抱えている。そんな矛盾や対立が社会の反映だという視点。社会を変えなければ、自分が抱えている矛盾や対立は解消しない。後から考えれば、マルクス主義的な一種の反映論なのだが、そんなことより感銘を受けたのはその純粋さ・無垢さだった。

 「白線流し」の最初の再放送を偶然見た。ちょうど再放送の初回で、以後必ず見てはいつの間にか涙を流していた。横を見ると、Junchanも同じだった。別に悲しいわけではない。純粋さ・無垢さゆえに悩み苦しむことが、心を打つ。

 悩んだり苦しんだりする経験は、いい思い出だ。いや、いい思い出になるばかりではない。大人の解決策が見つけられるようになっても、それが本当の解決策なのかと、この思い出は問いかけてくれる。「今の若者は」なんてしたり顔で語る大人は、思い出を失った大人にちがいない。

 いわゆる「卒業モノ」が好きだ。子供から大人への歩みが後の人生にとても重要だったからかもしれない。ドラマにかぎったことではない。音楽でもそうだ。尾崎豊の「卒業」もいいし、荒井由美やハイファイセットの「卒業写真」もいい。最近では森山直太郎の「桜」がある。ある若手芸人が「そんなに苦しかったらキーを下げろ」みたいなことを言っていた。思わず笑ってしまった。とはいっても、彼が歌詞を大事にしているのはよくわかる。最近ではあまり使われなくなった「さんざめく」という言葉が登場するのが印象的だ。情感・情景を見事に表現する大和言葉がたくさんある。横文字を並べても、感銘を与える歌詞はできない。

 渡辺美里の「卒業モノ」は「さくらの花が咲くころ」だ。渡辺美里にはいい歌がたくさんある。「My Revolution」もいいし、「10years」もいい。数えあげればきりがない。渡辺美里のいいところは、聴く側にきちんと歌詞を伝えることができるということだ。これはAikoにも言えそうだ。「さくらの花が咲くころ」は、切ない恋心をきちんと伝えてくれる。そればかりか、この曲は、思い出と深く結びついている。

 15年以上前だろうか、モロッコからジブラルタル海峡を渡ってスペインに向かったことがあった。モロッコで赤茶けた大地を北上していた。高い空に黒い点の巨大な集合体が飛んでいる。農作物に甚大な損害をもたらすイナゴの大群だった。そう、私たちはアフリカにいるのだ。

 私には音楽が欠かせないので、もちろんウォークマンを持っていった。いつもの雑食メニューだ。上田正樹がいたりカシオペアがいたりビル・エヴァンスがいた。たしか、そのころ聴いていたシャカタクもいた。その中に渡辺美里もいた。

 赤茶けた大地と「さくらの花が咲くころ」とがどう結びついたのは自分でもよくわからない。別に夫婦げんかをしたわけでもないし、後ろ向きに生きていたわけでもない。何もない大地を疾走するバスの中だからこそ、切ない恋心が心に響いたのかもしれない。言葉で表現できない仕方で結びついてしまった。

 この歌を聴けば自然と切ない恋心を抱いた過去がよみがえる。過去に思いをはせながらいつしかカサブランカに着いた。過去の自分はもう取り戻せない。そう、時は流れる。As Time Goes By。沢田研二の「時のすぎゆくままに」でもなければELTの「Time Goes By」でもだめだ。なにせ「カサブランカ」だから。

 その後、ジブラルタル海峡を船で渡ってスペインに入った。スペインに入ってからは渡辺美里は聴かなくなった。古いヨーロッパの佇まいのせいかもしれない。ベラスケスやガウディやピカソが呼吸していた世界には、「さくらの花が咲くころ」は似つかわしくなくなったのかもしれない。

 スペインでは、カワサキさんというガイドが「スペインの五木ひろし」だといって紹介してくれたJose Lvis Peralesのカセットを買った。カワサキさんは生粋のスペイン人のくせに「カワサキ」と名のっている。「スペインの五木ひろし」というのも怪しい。しかし、聴いてみるとフリオ・イグレシアスより癖がなくてなかなかよかった。帰国する飛行機の中で、「スペインの五木ひろし」と渡辺美里がまた耳の友になった。


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