TATS YAMASHITA“I Love You”(1984)

 先日NHKの『プロジェクトX』をみていたら、TDKの音楽用カセット・テープの開発にまつわる話をやっていた。音楽用カセット・テープがTDKによって独自に開発されたものであることをはじめて知った。NASAにその音質が認められてアポロ11号で月に行ったという話もおもしろかった。

 『プロジェクトX』は時々みているが、みるたびに日本の技術屋さんはほんとうに凄いと感じる。『ロボコン』に出場したある高専の生徒が「将来の夢は『プロジェクトX』に出ることです」と言っていた。もしそうなったら、彼はたしかに凄い技術屋さんになったということだ。

 ティアックがTDKの音楽用カセット・テープのデッキを発売したのを契機に、続々とカセット・デッキが発売され、小型化されていわゆる「ラジカセ」も登場することになる。AM、FMの音楽番組を録音しては聴いていたものだ(『懐かしのオーディオ用語辞典』掲載の言葉で言うと「エアチェック」)。AMはラジカセ、FMはステレオに接続したカセット・デッキというふうに、区別して使っていた。音質を考慮してのことである。

 音楽を簡単に「持ち歩く」時代がはじまったのは、言うまでもなく“Walkman”の登場によってである。1979年、私はまだ大学生だった。

 “Walkman”ではじめて音楽を聴いたのは、発売された年の暮れ、場所は高円寺だったと記憶している。

 高円寺は、新宿で知り合ったミュージシャンの同棲場所だった。当時の私には「同棲」という事態に共感することも、それを理解することもできなかった。「あいまいな暮らし」、これが私の感想だった。その「もろさ」は彼のその後の生活が示していた。結婚という形態を維持しながら実はすっかり壊れているということがあるのを知ったのは、ずっと後になってからだ。もちろん、私たちのことではない。

 ある時、その同棲場所で飲み会をすることになった。私は当時付き合っていた彼女と一緒にその場所に向かった。同棲相手の彼女が作ってくれた鍋を囲んで、おおいに盛り上がった。まさにその時、彼が誇らしげに見せてくれたのが最も初期の“Walkman”だった。

 何を聴いたのか覚えていないが、衝撃を受けた。その音質や臨場感は何とも表現のしようがなかった。「すっげー」の一言だった。我が家のステレオにつないであるあの大きなテープ・デッキは何? という感じだった。

 CDもMDも登場していない時代、音楽を「持ち歩く」ための手段は、“Walkman”的なものとカセット・テープだった。通常は、レコードをカセットにおとして“Walkman”的なもので「音を持ち歩く」というパターンだった。数えたことはないが、そんなカセット・テープたちが我が家には山ほどある。

 しかし、カセットに録音するとやはり音が劣化するので、レコードではなく「カセット・テープでアルバムを買う」という選択肢もあった。もちろん、カセット・テープそのものが「伸びる」というリスクはあった。だが、これはレコードが摩耗したり傷がついたりするのと同じ程度のリスクのように思われた。

 したがって、私も相方も、カセット・テープで買ったアルバムをいくつか持っている。数はそんなに多くはない。調べてみると、同一アーティストで一番多かったのは、山下達郎だった。全部で5本あった。

 学園祭の女王であった慶応の竹内まりあと結婚して私たちを驚かせてくれた山下達郎だが、いい曲はたくさんある。“Downtown”(1975)、“Ride On Time”(1980)、「あまく危険な香り」(1980)、「クリスマス・イヴ」(1983)。有名すぎる曲ばかりだ。「兄は夜更けすぎに雪江にかわるだろう」というのは、たまたまみた『ボキャブラ天国』でやっていたパロディーである。テレビ画面には、徐々に「女性」と変身していく「兄」が映し出されていた。思わず笑ってしまった。

 アルバムとして一番よく聴いていたのは、“Big Wave”である。同名の映画のサウンド・トラックだが、サーフィンに興味はないのでみていない。アメリカ映画のサウンド・トラックなので、山下達郎は全曲英語で歌っている。

Big Wave
Tats Tamashita(1984)
Side A
1 The Theme From Big Wave
2 Jody
3 0nly With You
4 Magic Ways
5 Your Eyes
6 I Love You…Part I
Side B
1 Girls On The Beach
2 Please Let Me Wonder
3 Darling
4 Guess I'm Dumb
5 This Could Be The Night
6 I Love You…Part II

 Side Bは、ビーチ・ボーイズの曲をカヴァーしている。ビーチ・ボーイズについてはいずれ“Sigles”でふれるつもりだが、それほど詳しいわけではない。“Girls On The Beach”や“Darling”はこのアルバムではじめて聴いた。Side Aの“Only With You”や“Your Eyes”は本当にいい曲で、今回あらためてカラオケ用に練習しようかなと思った。

 このアルバムで一番印象に残っているのは、“I Love You”である。以前私たちの結婚式の話を書いた(File 10)。完全な手作り結婚式のBGM担当の私は、式の入場の時にはキース・ジャレットのオルガンを、披露宴めいたパーティーの入場のときにはこの“I Love You”を使った。歌がほとんど入っていない“Part II”である。思い出すとちょっと気恥ずかしいが、なかなかいい選曲だったと思っている。

 レコードがCDに、カセットがMDに変わった。レンタル・レコードからカセットにおとしたものは、やはり音質に問題があった。しかし、CDからCDを作成するなら、音の劣化はほとんど問題にならない。ジャケットもカラー・コピーで簡単に作れる。音楽に無尽蔵にお金をつぎ込むわけにはいかないので、レンタルCDはとてもありがたい。

 CDが売れなくなったのは、CDのコピーが可能になったからだと言われた。たしかに、そういう側面はある。しかし、売れているものは売れているし、買いたいものは買うのである。著作権料もレンタル料金というかたちで間接的に支払っている。

 にもかかわらず、「コピー・コントロール」をかけたCDが一部で発売された。いろいろな問題で結局なくなる方向にあるらしい。そんな小細工が使われたがために、いまだに我が家には氣志團とSOUL'd OUT がない!! もちろん、買えばいいのだが、その時その時の優先順位というものがある。

 カセット・テープは過去の遺物になった。MDもそういう運命になるかもしれないが、私は持っていないのであまり関係がない。iPodが登場したので、私にとってはMDはますます必要のないものになった。iPod shuffleは値段の安さとあの小ささで、音楽を持ち歩きたい私には非常に魅力的だ。第二世代か第三世代で購入しようと思っている。

 アップルにとって、iPodはネットでの音楽配信のための戦略兵器である。iPod U2 Special Edition は、アップルの「やる気」を示している。今渦中にいるホリエモンもレコード会社はもうだめで、音楽配信だと言っている。しかし、ネット上での音楽配信というのは、どうなのだろうか。「電子ブック」より「本」、であるのと同じように、ジャケットつきの本体がほしいと思うのは、おじさんの証なのだろうか。まあ、おじさんでもいいや。

 せっかくなので(というよりコンテンツ増量の目的で)、カセット・テープのアルバムという過去の遺物を展示することにした。数は多くないがおもしろいものも含まれている。“Exhibition”として近日展示を開始する。また、“Exhibition”にはちょっと珍しいレコードなども展示予定なので、マニアな御仁にはおもしろいかも。

(2005-02-20)

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