ハングルのことわざをのぞく(十九)

 かつて朝鮮半島の結婚式は、新婦の実家で執り行われるのが一般的だった。この晴れ舞台は新郎にとって、必ずしも楽しいイベントばかりではなかったようだ。

 式がすべて終わると、親族や新郎の幼なじみ・友人たちがあえて新郎を辱めるのが慣例になっていた。近代に於いても、結婚式後のお決まりの余興になっているこのイベントを「東床礼(トンサンイェ)」という。‘東床’とは、‘他人の花婿’という意味である。

 新郎の友人たちが居並んだ親族の前で、彼が礼儀をわきまえているかと一同に問う。親族の方も心得ていて、「なっとらん」と答えると、友人たちはやおら新郎の片足をひもで縛り、無理やり天井から吊して、その足の裏を棒で叩くのだ。このとき、新郎のリアクションが大きいほど、見ている人たちは楽しめる(!)という。新婦が止めに入ってもすぐには解放されず、新婦が母に膳を出すように頼み、一同にご馳走をすることになる。ここでやっと新郎は降ろしてもらえるのだが、食事が終わると、また新郎吊しが始まる。新郎にとっては迷惑な話だが、楽しみが少なかった時代、その場を盛り上げるために行われていたのであろう。しかし、このめでたい席で無礼に振る舞い、料理や酒を強要し、それが不足すれば刃物まで持ち出してモノを壊すことがあったと、朝鮮時代の本に記されているという。(韓国ではケチは嫌われている) 現在では、このような昔ながらの東床礼は行われていないが、式場に設けられた別室で形式的に足の裏を叩く儀式をやっているところもあるそうだ。

 さて、そうして迎える新婦の実家での新婚初夜。二人が過ごす部屋、あるいは夜のことを「新房」と言う。この新房を新婦の親族が覗き見をする。(辞書をパラパラめくっていたとき、「新房覗き」という項目を目にしてギョウテンした。 『初夜の部屋覗きー花嫁の家で旧式の結婚式を済ませた新郎新婦が床に入るころ、花嫁側の親類知己らが障子に穴を開けてのぞき見る風習』とある) この風習が定着したのには、早婚が多かったからだとする説がある。元(中国)がアジア全域に勢力を広げていた高麗時代に早婚が急増したと言われる。当時、朝鮮は元の支配下にあり、男たちが兵や労働力としてかり出されるだけでなく、若い娘を元に差し出さなければならないことも多くあった。そこで、元に連れて行かれないようにと、村に残っている年端もいかない男児(10歳の新郎も希ではなかった)と とりあえず結婚させたのが、早婚のきっかけの一つであるらしい。見物人たちは、リングサイドのセコンド役よろしく、「やれ肩を寄せろ」「違う違う!」「何やってんの」と やかましく口を挟むことになったりもするが、年若く経験の乏しい二人に無事にコトを運ばせる責務を自負していたであろう。 勿論、現代でこのようなことはないが、50〜60年前でも一部で行われていたと言うから、そんなに遠い昔の話でもない。

 

 さて、新婚旅行といえば済州島。名物の「トルハルバン」と呼ばれる石の人形の鼻を触って、記念写真を撮るのが定番だった。海外旅行が許されなかった1980年以前の話である。なぜ、「トルハルバン」かというと、その“鼻”に意味があった。もうお判りかと思うが、「トルバルバン」は、男児誕生祈願の民間信仰の対象になっていたのだ。

 儒教社会の韓国に於いて、生まれてくる子供には当然男児が望まれる。というのも、祖先を奉ることが何よりも欠くことの出来ない徳である社会で、その祖先の祭祀を執り行う責任は長男の家系の息子にあったからだ。大切な祖先の供養をするためには、どうしても男児が必要なのである。

 朝鮮時代には、男児を産むために、懐妊する時期は○の日(甲日とか丙日)の午前何時というふうに、陰陽五行説に基づいて定められたりもしていた。全国的により広く行われていたのは、“息子岩”(たいていは男性器の形をしている)と呼ばれる岩の前に蝋燭を立てて奉ることだ。岩の一部をお守り代わりに持ち帰ったり、秘薬として削って服用したりしたそうだ。 お守りも様々。男児を産んだ女性の衣服、多産の女性の生理用下着を身につけることが秘策とされていたとか。

 また、韓国では子供が生まれると玄関先に注連縄を張る風習があり、その注連縄に男児を象徴する唐辛子や炭などが編み込まれていると、近隣の人々は男児誕生を知ることとなる。この唐辛子や注連縄そのものを煎じて飲むことが男児を産む秘訣とされ、それも、そこの家の人に見つからないようにコッソリ盗んでこそ霊力を発揮すると言われていたのだ。飾っている家にとっては何にも代え難いこの注連縄の盗難は、日帝時代(1910-1945)の新聞にもしばしば取り上げられていたという。

 食事療法も、雄鶏や雄牛の生殖器を生で食べるとか、白い鶏に集っている蚤と蓬一握りを煮て飲むとか、トラの鼻を一年間吊したモノを妻には気づかれないように煎じて服用させるとか、夜空に浮かぶ月を食べる!(月のエネルギーを体内に蓄える)とか・・・。 数多く伝えられる秘術からも、男児を産まなければならない重圧がいかに大きかったかが伺い知れる。 

 先に記した「トルハルバン」は ‘石のおじいさん’ という意味で、韓国のモアイと呼ばれている。と言っても、それほど大きくはない。(170センチ位で45体ほど点在する) むかし朝鮮半島に南下したモンゴルの軍人の像・ユーラシアの石人「ハルバル」だと考えられている。

 今でも、済州島は国内の新婚旅行先として人気がある。ちなみに、離婚率は日本より高い。

  了     

20005-05-22 UP

*狐のような妻、兎のような子

*物差しで打たれそうだ

*幼児の癖、夫の癖

*孝子は悪妻にしかず

*醜い妻と悪い妾でも空房よりはまし

*真桑瓜を捨てて南瓜を食う

*目の中の棘

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